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ラグビー コラム 2019年8月19日

紳士的な戦闘~革命家もファシストも普通の人も~

be rugby ~ラグビーであれ~ by 藤島 大
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キューバ革命のチェ・ゲバラは、母国のアルゼンチンでラグビーに励んだ。バックス全般をこなした。気性は激しかった。ブエノスアイレスの名門クラブ、サン・イシドロ、カトリック系私立学校が母体のイポラなどに在籍、持病の喘息と戦いながらよく走り、よく倒した。裕福な家の息子が南米の貧困を目で確かめ、人生の方向を決定づけた「モーターサイクルの旅」の同行者、ラグビー仲間のアルベルト・グラナードは後年、チェことエルネスト・ゲバラの父の証言を明かしている。
「エルネストは、ラグビーから学んだチームスピリット、規律、敵への敬意を忘れることはなかった」(デイリー・テレグラフ紙)。

革命家にもファシストにも、もちろん、どちらでもない人々にとっても、ラグビーはただのスポーツや身体活動ではなかった。少なくとも、ないかのごとく映った。他の競技への優位性を述べたいわけではない。事実としてラグビーの構造に「人生」は投影されている。そんな気がする。ワールドカップ開幕が迫り、白状すると、どこが優勝するか、ジャパンはどこまで勝ち進むのか、よりも、ラグビーの深さはここに具現されるだろうか、きっとされる、というようなことばかり考えてしまう。

当コラム欄のタイトルである『be rugby』は、フランスの社会学者、ダニエル・プティエの著書『ラグビー』(文庫クセジュ)に紹介されている別の研究者(A・スーテール)の言葉から引いた。「ラグビーであること」の解釈は「プレーしているからというだけで、ある個人がラグビーなのではなく、日常的にラグビーを生きているからこそラグビーなのである」。以下、概略。チームという共同体へ帰属する。証明として、恐怖や苦痛にあらがい、みずからの身体を捧げる。そこまでするのだからうまくいかなくてはならない。そのためには仲間との相互性、選手と選手を結ぶ「完璧な信頼」が求められる。それは個人と個人のあいだに強い連帯感情がない限り不可能である…。

学者のように言語化はできないが、ラグビー部員であった者、ある者、ラグビー観戦を深く愛する者なら、わかる。ラグビーは痛くてこわくて、ひとりでは絶対にできない。いや、ひとりずつの集まりでもできない。だから「人生」が関係してくるのだ。オールブラックスやイングランドやジャパンでなくとも、ナミビアもカナダもロシアも「見つめるに値する」理由である。異なる文化の異なる個性がラグビーの共同体を形成する。不要なチームはひとつもない。無視できる人間もひとりもいない。

前掲の書にはこんな言葉も紹介されている。
「ラグビー、人生の学校」
かつてフランスの協会の標語のひとつであったらしい。校則でなく連帯で営まれる学校。

文:藤島 大

藤島大

藤島 大

1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。 ラグビーマガジン、週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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