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ラグビー コラム 2019年4月1日

甘いキュウリ~ラグビーのグラウンドから社会へ~

be rugby ~ラグビーであれ~ by 藤島 大
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「自分の子どもが生まれたら、自動車で遊園地に連れて行ってはならない。電車やバスといった公共交通機関に乗るべし」。ココロは。「楽しいことの前には少し嫌なことがあったほうがいい。座りたいのに座れない。駅の階段ですれ違うおじさんの足を踏んでにらまれる。そういうことがあったほう人生の耐性ができる」。まあ、北海道は十勝の牧場の家族や、沖縄県今帰仁村のスイカ農園の一家ならクルマを用いるべきだが、語った人は首都圏在住なので、こういうたとえになった。

電車の席が空いていない。それは幼き心を根源で傷つけるストレスではない。でも、そのときは結構つらい。昔、携帯電話のない時代、ガールフレンドの家の番号をダイヤルするのにちょっと似ている。なぜか決まって父親が受話器をとる。楽しいことの前のストレスだ。

社会人になれば、つまり、あとで振り返れば、そっと微笑できるのだが、その瞬間には、つらく苦しく痛いような練習をときに味わう。理不尽や無理を「振り返る微笑」にさせるのは、コーチの部員ひとりずつへの敬意だ。指導者は、対象が小学1年であろうとも、ラグビーに向き合っているという一点をもって、そこにいる人間のすべてを尊敬すべきである。愛情と言い換えてもよい。慣習的な罰はチームを崩壊させる。指導する側が感情を乱して怒るのははっきりと論外である。あくまでも目標の試合から逆算して、ここ、というところで負荷をかける。そこにいるラグビー部員の人格を傷つけず、身体や精神に、制御されたストレスをかける。

ここ2、3年、エレクトロニクス企業や放送会社で人事などを担う複数の知人が同じ内容を筆者に話した。「最近の新入社員はいつの時代とも変わらぬ若者で、まじめで優秀である。ただ会社で人生初のストレス、試練を感じる人間が増えた気がする」。本稿のヒントだった。ひとりひとりが異なる以上、一般化は慎むべきだが、やはり社会との関連、親子関係の密度の変化もあって、幼少や青春期に土に塩をまかれる機会は減っているのかもしれない。

元ラグビー部員は、甘いばかりでない青春を知る分、甘く、うまく、噛みごたえがある。そして、ラグビーを続けてきて、きっと、いちばんよかったのは「本当がわかる」ことだ。この仕事は本当に自分には合わない。いや、いまは試練を養分とする過程なのだから、遠くない日、本当に楽しくなる。そこを峻別できる。簡単に会社をやめもしないし、人間の尊厳の観点からやめるべきときはあっさりやめられる。実感をともなう基準を内側に持てる人は幸福である。

最後に、グラウンドから職場へ戦う場を移した若者へ往年の名選手からの一言を。南アフリカの元ラグビー選手の社会での成功を描いた一冊『From Locker Room to Boardroom』より。1980年代前半、同国代表スプリングボクスの背番号14として、圧倒的な速さとパワー、みなぎる活力でトライを量産したスピードスター、レイ・モートは、青年期にはやんちゃなところもあったのに、現役引退後、水圧シリンダー整備の小さな会社を「ゼロから」起こし、思慮深い経営によって、みるみる大企業グループへと導いた。不滅のモットーは「ディシプリン」。スプリングボクスのテストマッチ当日にも「早朝に起床、5kmのランを欠かさなかった」男は、ビジネスでの成功の秘訣を語る。

「お客さんのニーズのみに集中すること。大言壮語は禁物。期待外れよりも期待以上を。するとお客さんはまたあなたを訪れる」

若き日、隣国ローデシア(現ジンバブエ)から衣服と1か月分の食費だけ携えて南アフリカへ渡った叩き上げらしい。簡潔で飾りがない。

藤島大

藤島 大

1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)など。 ラグビーマガジン、週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球に見る夢』放送中。

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