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ここで述べたいのは、縦の空間は相手の防御前線の背後のみならず、こちらが自陣深くから走り出して、最初のタックルを浴びるまでのスペースも意味することだ。自分たちの防御ラインの背後に広がる領地に敵を呼び寄せ、ポンとラック、サッと展開、この仕掛けの手順を反復練習しておくと、敵陣に築かれた人壁にぶち当たるより、案外、インゴールへ迫れそうだ。
ボールを手にした重層的ライン攻撃でも、背後への大小高低のキックでも、自陣ゴール前からのキック捕球後のランでも、タックルの波が届かないという一点で、縦のスペースはアタックの味方なのである。
と、ここまで書いて、ジョージア戦でやけに「縦」が気になったのは、サッカーのワールドカップの影響だと気づく。連日のテレビ観戦で確かめられる。つくづくフットボールは縦なのだ。意思のこもらぬパスで横に逃げると、向こうが一流であれば、その瞬間に失点や敗北に近づく。ひいきチーム、たとえば日本代表のボックスめがけて、どーんと放り込まれ、丸い球がふわっと跳ねたりすると本能レベルで危機を覚える。ボールを足元におく者の背番号のあたりから、ゴールラインに垂直に誰かが駆け上がったら、たとえパスがつながらなくても、そのうちにいいことがあると信じられる。深く縦に下げるバックパスも、相手ゴール近くで横方向に詰まるよりは、むしろ次の展開の可能性に結ばれそうだ。
アーセナルのアーセン・ベンゲル監督は、1995年度と翌年度途中までJリーグの名古屋グランパスを率いた。そのころの選手に話を聞くと、指導法は実に簡潔で、ことに強調したのは「ボールを止めるのに、ぴたりと足に収めるな」。わずかでも必ずゴールへ向かって止めろ。わかりやすい。大きな絵図での縦。戦法での縦。その前提となる「小さな動作の縦」。ここにも普遍はありそうだ。
プロ野球の不朽の名将、三原脩は、1950年代後半当時の常識を外れ、二番打者に強打の人材を求めた。「スピードを一番出しやすいのが流線型という理論を野球にあてはめられないか。打順だ」。それが根拠である。二番が高くないと流線形にならない。いささか強引な理屈づけ。しかし、こういう大胆な仮説は勝負では強い。フットボールのフィールドは縦長なのだから「縦のスペース」を長短に駆使せよ。理にかなっている。
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。 ラグビーマガジン、週刊現代などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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