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サイクル ロードレース コラム 2013年3月27日

ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:アシスト体制の歴史と名前の由来

ツール・ド・フランス by Naco
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ツール・ド・フランスを知るための100の入り口:アシスト体制の歴史と名前の由来

(C)KAYOT

他人を勝たせるために身を粉にして風除けとなって走り、自分の順位は二の次でエースの優勝に貢献する・・・チーム内で協力体制をとり、勝利をつかむのが定石となっているロードレース特有の現象だ。

今でこそ当たり前になっているチーム戦も、20世紀前半は違反行為とみなされた。当時のレースディレクター、アンリ・デグランジュは、スポーツマンシップにこだわる人だった。

だから出場者中、ある割合を占めていたスポンサー企業所属の選手たちが協調体制をとる状況は許しがたかった。

初期のツールでは、棄権した選手でも、区間順位のみを争う前提でレースを続行することができたため、棄権後に復帰した選手が、総合を狙う同じスポンサーチームの選手を風圧から守り、疲労を軽減させる、といった現象が現実には起きていた。

1911年、問題は表面化する。不調を覚えたルクセンブルク人フランソワ・ファベールが、金で助っ人を雇ったのだった。スポンサー支援を受けず、単独参加だったモーリス・ブロッコは風除け役を引き受ける。しかしそれが見つかりレース除外の下命が下る。

腹にすえかねたブロッコは、自転車連盟に訴える。彼の行為は最終的に違反と認められるのだが、審議の間、処分保留の身でレースを続行した彼は、まんまと区間優勝を遂げてしまっていた。(あとで記録は削除)

怒ったデグランジュは、掟破りの行為をあからさまに非難した。ブロッコに対する中傷の言葉として発せられたのが、『ドメスティック(使用人)!』だった。以後、アシストのことをフランス語では、ドメスティックと呼ぶようになる。

耳触りのいい単語に置き換えられることなく、『使用人』という言葉がそのまま定着してしまうその荒っぽさには、驚きを通り越して敬服すらしてしまう。

初期の頃多発した妨害行為と合わせて考えると、ツールは決して上品な競技ではなかった。気性の激しい荒くれ男たちを主催者側がねじ伏せる、そんなシーンが伝説の中には散らばっている。

代替画像

Naco

1999年末、ホームページを立ち上げ、趣味だった自転車ロードレースの情報記事を掲載しはじめる。2000年夏からは、ツール・ド・フランスの現地観戦レポートを開始。同サイトには、ロードレース・ファンたちが数多く訪れている。現在、フリーランスのジャーナリストとして自転車専門誌に記事を寄稿している。

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