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海からの湿った空気が、蒸し暑い塊になって、選手たちの体に容赦なく襲い掛かってきた。ゴールへ近づけば近づくほど、潮の香りは濃くなり、風の勢いも増していく。河口の真ん中に、にょっきりと突き出した小山へとつながる1本道は、完全なる吹きさらしだった。強い向かい風や、さらには干潟から飛んでくる砂ぼこりに、選手たちは大いに悩まされた。
それでもラスト2kmは、モン・サン・ミシェルを拝むには、まさしく特等席だったのだ。フランスに10年間住みながら、このユネスコ世界遺産をじっくり観察するのは初めてという新城幸也選手は、「向かい風なんですけれど、頭を下げずに、しっかり眺めながら走りました!」とニコリ。島のシンボルでもある修道院が、前日からストライキで閉鎖されていることに関しては、「ホント残念です。ファンの人たちだって、楽しみにしていたはずなのに……」と残念がる。
ちなみにこの日、大会を訪れたさいたまクリテリウム by ツール・ド・フランスの視察団から、新城選手の「出走決定!!」が発表された。ついでに言うとモン・サン・ミシェル観光協会が、「歓迎!日本チャンピオン!」と、この日の新城選手の写真を公式HPに掲載する予定だそうだ。要チェックである!
トニー・マルティンは、フランス2位の観光地を、ゆっくりと見つめている余裕はなかったに違いない。33kmの平坦タイムトライアルを駆け抜けた瞬間に、全力を使い果たした現役TT世界チャンピオンは、溶けたアスファルトの上に崩れ落ちた。182人中65番スタートのドイツ人は、ステージ後半に吹き付けていた斜め後ろからの追い風を利用して、36分29秒87(時速54.271km)のトップタイムを叩き出した。初日の集団落車で左半身と背中を大きく擦りむき、眠れない日々が続いたそうだが……、自らの得意分野にピタリと体調を合わせてきた。
「疲れてはいるけれど、調子はすごく良かったんだ。今日は走り出してすぐにリズムをつかむことができたし、いいスピードに乗れた。だから好タイムが出るだろうと確信していた。区間勝利のライバル?ずばりフルームだね。つまり最終走者が走り終わるまで、ボクが勝てるのかどうか、待たなきゃならないというわけ。でもフルームにとっては、ちょっと起伏が足りないと思う。だから前向きに、ステージの終わりを待つだけさ」(マルティン)
そう、つまり延々4時間半ほども待った甲斐があった。ほんの少しだけはらはらさせられることになるが……。なにしろマイヨ・ジョーヌ姿のクリス・フルームが、第1中間計測地点(9.5km地点)で1秒、第2中間計測地点(22km地点)で2秒、マルティンの1位通過タイムを上回ってしまったのだ!
「でも最終盤は風が強いことを知っていた。特に最終2kmは向かい風だということもね。だから、そこに向けてエネルギーを温存していたんだ。それが効果的だったのかもしれない」(マルティン)
時間の経過につれて、ステージ後半部分の風が、右からの強い横風に変わっていたのも幸いだった。こうしてラスト11kmだけを見れば、疲れたフルームを14秒上回り、マルティンが2011年グルノーブルでの個人TTに続くツール個人TT2勝目を手に入れた。2008年にプロ入りして以来、キャリア通算30個目の記念すべき個人タイムタイムトライアルタイトルでもある!
「落車後にドクターに『大丈夫』って言ってもらえてから、今日のタイムトライアルに集中してきた。チームメートやスタッフが、ボクを身体的にも精神的にも支えてくれたおかげでもあるんだ。おかげで今日までモチベーションを保ち続けることができたし、今日はまったく落車の影響を感じずに済んだ」(マルティン)
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