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サイクル ロードレース コラム 2013年9月15日

ブエルタ・ア・エスパーニャ2013 第20ステージ レースレポート

サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか
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山頂を包み込んでいた乳白色のカーテンが、一瞬さあっと開いた。赤いジャージの男が、晴れの舞台に、ひとり飛び込んできた。41歳と325日のクリストファー・ホーナーが、「自転車界のオリンポス」で、グランドチャンピオンの仲間入りを果たした。ブエルタ・ア・エスパーニャが創設されてから78年、グランツールが誕生してから110年。2013年9月15日の夕刻には、1922年に36歳でツール・ド・フランスを制したフィルマン・ランボーを越える、史上最年長のグランツール勝者が誕生する。

3週間の果ての、最終決戦がやってきた。3大ツールで1、2を争う激坂アングリルが……、地元の人々が「エル・インフェルノ(地獄)」と恐れる12.2kmの苦行が、行く手には待ち受けていた。それでも32人の選手が、スタートから26kmで、無謀にも飛び出した。個人的な名誉を勝ち取りたい者たちと、リーダーの受難を少しでも軽くすることを願う者たちによる混成エスケープだった。

念願のステージ勝利で勢いに乗り、逆転表彰台を願う総合4位ホアキン・ロドリゲスを助けるために、カチューシャからはドミトリ・コゾンチュクとアンヘル・ビシオソが逃げに飛び乗った。総合3位アレハンドロ・バルベルデのアシスト要員ベナト・インサウスティの姿も、エスケープ集団内に見られた。なにより、前夜にわずか3秒差の総合2位へと陥落したヴィンチェンツォ・ニーバリにいたっては、逆転優勝の最後のチャンスを手繰り寄せるために、パオロ・ティラロンゴとヤコブ・フグルサング、アンドレー・グリブコの3人を送り込んだ。

一方では、総合首位ホーナーを守るレディオシャックボーイズたちは、1人も欠けることなく、メイン集団の赤シャツの側に寄り添った。大きな先行集団とのタイム差は、5分半程度に保ちつつ、来るべきバトルに備えた。

白地に青い水玉模様のジャージを身にまとうニコラ・エデは、2日連続の、今大会5度目の、そしておそらくブエルタ最後の大逃げへと漕ぎ出した。目標はもちろん、ダヴィド・モンクティエ以来2年ぶりのフランス人山岳王となること。唯一の脅威はホーナーで、差は16ポイントだった。

幸いにも、逃げの仲間たちは、野暮な邪魔などしかけてこなかった。おかげで第1峠=3級で3ポイント、第2峠=2級で5ポイントを、エデはきっちりと回収する。差は24ptに開いた。残す2峠で獲得できる最大得点が25ptで、アングリルの1位通過が15ptだから……、第3峠=1級をエスケープ先発隊がさらい取った瞬間に、エデの戦いは完結した。3週間前、本当のところは、区間勝利+総合上位20入りを目指してガリシア入りしたフレンチクライマーは、別の大きな獲物を仕留めた。

「でも、まだ、アングリルが残っていた。なんて苦しかったことか!それにしても、ボクがブエルタの山岳キングになれたなんて、いまだに実感がわかない。自分の望みを大きく越える結果だよ。ボクにとっては、とてつもない快挙だ」(エデ)

小さな小さなヒルクライマーも、また、フランスに歓喜をもたらした。1級峠の上りで、ケニー・エリッソンドは、パオロ・ティラロンゴと共に前に飛び出した。(自称)169cm・52kgの超軽量は、まずはイタリア人に必死でしがみ付いた。そして、最終峠アングリルの中腹に差し掛かると、逆に大きく突き放した。神秘の山の霧の奥深くへ、たった1人で突き進んでいった。

「あまり状況がつかめなかった。文字通りの五里霧中で、何も分からなかったからね!激坂では、壁に突っ込んでしまうような、そんな錯覚を抱いた。これはきっと、誰にとっても同じことだったと思う。追いつかれてしまうんじゃないかと、怖かった。冷静ではいられなかった」(エリッソンド)

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