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サイクル ロードレース コラム 2016年4月12日

【パリ〜ルーベ/レビュー】石畳のでこぼこ道を制したのは戦列に復帰したばかりのマシュー・ヘイマン

サイクルNEWS by 寺尾 真紀
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しかし、前日の雨でところどころぬかるんだ路面の餌食は、これで終わりではなかった。
5つ星の石畳区間、モン・アン・ペヴェール(10番)で、先頭から3番目を疾走していたカンチェッラーラが、ぬかるみにタイヤを取られて転倒。右半身から路面に打ちつけられた。そのすぐ後方を走行していたサガンは、持ち前のバランス感覚とバイク操作(ミラノ〜サンレモでも、これが彼を落車から救った)で、辛うじてクラッシュを回避。このハプニングで、先頭グループとサガン・グループのタイム差は1分10秒にふくらんだ。バイクに飛び乗り、追走を開始したカンチェッラーラだが、サガンから遅れること1分40秒、先頭グループとは2分50秒の差。ボーネン、ロジェ・デ・フラミンクに並ぶ4回目の優勝で現役最後のパリ〜ルーベを終える、という夢は、さらに一段と、あるいはすでに手が届かないところへ、遠のいた。

カンチェッラーラが転倒した頃、同じモン・アン・ペヴェールの石畳のさらに前方では、先頭グループからファンマルケがアタックを試みた。この動きにスタナード、ボーネン、ボアッソンハーゲンらが反応し、分断が起こるが、タンプルーヴ(7番)の石畳を前に合流。そこからも、マルセル・シーベルグ(ロット・ソウダル)、ボーネンらが加速を試みるが、抜け出すことはできないまま、カンフィン=アン=ペヴェール(5番)の入り口に到達する。

この間も、サガンは集団の先頭で黙々と牽き続けていたが、他チームからの協力を得られず、先頭グループとのタイム差を縮めることができない。さらにその後方では、ポポヴィッチらチームメートのサポートを受けながら、カンチェッラーラが前を目指す。フィニッシュラインまで19.5km、石畳区間を5つ残して、先頭グループからサガングループまでのタイム差は1分20秒。サガングループからカンチェッラーラグループまでのタイム差は2分。先頭グループからこのレースの勝者が誕生するという可能性が、刻一刻と濃厚になっていく。

カンフィン=アン=ペヴェールの石畳で、まず大きく加速したのはロウだった。渾身の力でグループを引きちぎり、力を使い果たして後方に取り残される。直前の打ち合わせの通り、間髪を入れず、今度はスタナードがアタックを引き継ぐ。この加速に反応し、ついていくことができたのは、ボーネン、ボアッソンハーゲン、ヘイマン、ファンマルケだけ。おそらく、この日の勝利を競うことになる顔ぶれのセレクションが、ここで決定した。

最後の石畳区間から数えて4番目、例年パリ〜ルーベの最終局面に登場し、数々の熱闘が繰り広げられるカルフール・ド・ラルブルを勝負の場に選んだのは、ファンマルケだった。この難関区間で、ファンマルケを誰が追うか ― その間にも、ファンマルケとの距離はみるみるうちに開いていく。ボアッソンハーゲンが先頭に立って追い始め、続いてスタナードが、サドルの上で全身を揺するようなペダリングで加速し、徐々に差を詰めていく。残りレース12km、シェランの町で、4人はようやくファンマルケを引き戻す。

残り8km、2番の石畳(ヴィルム〜ヘム)では再度ファンマルケが、残り6kmではスタナードがアタックをかけるが、どちらも引き戻される。肩越しに振り返り、互いをけん制しあいながら、そこからアタック、カウンターアタックが続く。残り4.5kmでヘイマン、続けてファンマルケ。これを追ったボーネンがそのままアタックに入れば、スタナードがカウンター。残り2.8km。スタナードの前方にボーネンが飛び出し、そのまま後続を引き離しながら、ルーベの町へと入っていく。

勝利の可能性に賭けるなら、逃げ集団の中で、とにかく脚を温存すること。その言葉を胸に、90km地点からここまで走り続けてきたヘイマンが急加速でボーネンに追いつき、そのまま引き離しにかかった。これにボーネンがくらいつき、2人は交互に先行しながら、ベロドロームへのアプローチを進んでいく。ドロームを埋め尽くしたファンの歓声が、次第に大きくなる。コーナーを右に曲がり、2人はベロドロームに到着する。前にはボーネン、その後ろにヘイマン。いつの間に追いついたのか、ファンマルケもわずかに遅れて続く。最終回を示す鐘が打ち鳴らされる中、スタナードとボアッソンハーゲンもベロドロームに到着する。

インコースを進むボーネンのアウトコースから、ヘイマンが先にスプリントを始め、その後輪にボーネンがつく。ボーネンの右横にファンマルケが並んだため、ボーネンが右に飛び出し、スプリントを切るタイミングがわずかに遅れる。ファンマルケのさらに右側から、スタナードが急加速し、前へと上がっていく。ヘイマンはがむしゃらにスプリントを続け、白いラインの上でハンドルを前に投げる。その両手を頭上に上げ、それから右手を掲げたまま、信じられないような面持ちで今走り抜けてきたバンクを振り返る。前人未到のルーベ通算5勝にあと一歩及ばなかったボーネンが、口もとをゆがめ、がっくりと肩を落とす。スタナードは3番手でフィニッシュラインを越えた。

歓声で湧くベロドロームのセンターフィールドで、ヘイマンは両手で顔を押さえ、信じられないような面持ちで何度もあたりを見回した。チームの誰かが彼の背中を叩き、水のボトルを手渡す。冷たい水を顔にふりかけ、ヘイマンはもう一度、祝福の歓声と拍手で溢れるベロドロームを見渡す。今日叶ったのは、彼の夢なのだ。ほかの誰のものでもなく。

2000年、当時ラボバンクに所属していた彼は、初めてのルーベに出場した。65位。プロになる前からよく観ていて、何よりも走ってみたかったレース。すぐさま恋に落ちた。
「走ってみたらすぐ分かることなんだ。このレースに中間はない。好きか嫌いかのどちらか」
「このレースと恋に落ちたら、どんなことがあってもここに来たいと思う。プロトンのほぼ半分は、バスクのレースに行って、ルーベはテレビで楽しんだほうがいいと思っている。ここにきて、走りたいなんて思わないんだ。どうしてもここに来たい、このスタートラインに立ちたい、そう思うなら、このレースを愛しているということだよ。そして間違いなく、ぼくもその一人なんだ」

表彰台でトロフィー ― モン・アン・ペーヴェルから採取した12kgの石畳 ― を受け取ったマシュー・ヘイマンは、その形を確かめるようにじっと見つめ、その重みを確かめるようにぎゅっと腕に抱き、それからおもむろに、至極真面目な顔で、くちびるを押しつけた。長いこと想い焦がれてきた、もしかしたら手に入らないかもしれないと思っていた恋人を、ついに彼は、手に入れたのだ。
“Vainqueur de PARIS-ROUBAIX 2016 ”
(「2016年パリ〜ルーベの勝者」 トロフィーに刻まれた文字)

一人の夢が叶う一方で、破れる夢もある。
右ひじに血をにじませ、ジャージを泥だらけにして、カンチェッラーラは最後のパリ〜ルーベを終えた。大きな歓声に応えて手を挙げたあと、指揮者がオーケストラの音楽を止めるときのようなしぐさを見せて、フィニッシュラインを越えた。長く重厚な、交響曲が終わったのだ。ヘイマンから遅れること7分35秒、40着。4度目のルーベの栄冠は、手に届かないままだった。

ミックスゾーン裏でヘイマンに大きなハグをプレゼントしたボーネンは、穏やかな笑顔で表彰台に立った。メダルを受け取り、花束を受け取って、歓声に応えて手を振ってみせる。ルーベの表彰台で、あるいはこのレースで彼の姿を見るのはこれが最後だろうか。モチベーションを持ち続け、誰も成し遂げたことのないルーベ5冠に来年も挑戦するのだろうか。その答えはまだわからない、と彼は笑う。胸の中の嵐が去るまで、もう少しだけ時間が必要だと。

「僕のボスはカンチェッラーラ」と真顔で言うポポヴィッチは、この日のレースで現役生活を終えた。何年にもわたって、石畳のクラシックでカンチェッラーラをアシストしてきたことを、何よりも誇りに思ってきた。最後のルーベでは、カギとなる逃げに加わり、誰よりも一番早く、アランベールの石畳に乗り込んだ。そして「ボス」がピンチだと知るや、ペダルを踏む足を止め、アシストのために下がっていった。「ボス」を勝利に導くことはできなかった。けれど、「これもレースだし、それこそが自転車の美しさ」と、彼は肩をすくめる。今夜は祝杯だ。

ルーベをこよなく愛したマールテン・チャリンギ(ロットNL・ユンボ)も、クラシック・シーズン後の引退を表明している。11回のルーベで、最高位は3位(2011年)。ベロドロームで家族に迎えられながら、彼は27位で最後のルーベを終えた。
「今日は何が起きても楽しむつもりだと、仲間たちには伝えてあった。クラッシュでも、パンクでも、メカトラでも、なんでもこいと思っていた。そしてちゃんと途中でパンクしたよ(笑)。きっといつまでもこの日のことは忘れないと思う。今は、ないまぜになった感情がある。悲しみと、ああ終わったんだ、という、安堵の気持ち」

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