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自制心を失い、「ボス」を置き去りにして前を急いだフルームに対し、すぐ足を止め、ウィギンスのところに戻るよう、チームから指示が飛ぶ。ウィギンスのところに舞い戻り、彼のアシストを再開したフルームだったが、ウィギンスの信頼は永遠に失われた。
ウィギンスはこのツールを制し、同年のロンドン五輪の個人TTでは金メダルを獲得する。翌年のツールのリーダーシップをめぐっては、ウィギンス(陣営)とフルーム(陣営)の確執が長く続いたが、ツール100回記念大会のエースとしてチームスカイが選んだのは、フルームだった。2013年のツールで、フルームが弱さを見せた瞬間はほとんどなかった。山岳でTTで圧倒的な強さを見せつけ、フルームは、英国人としてはウィギンスに続く2人目の、アフリカ生まれとしては初の、ツール総合優勝者となった。
ウィギンスは、2014年の春を最後にチームスカイから離れ、自身が立ち上げたコンチネンタルチームに移籍した。彼がツールに戻ることは2度となかった。
ダニエル・マーティン(2014年 ジロ・デ・イタリア ベルファスト)
2014年のジロ・デ・イタリアは、アイルランド島で開幕した。北アイルランド(英国統治)のベルファストでまず2ステージが行われ、3日目、レースは北アイルランドからアイルランド共和国の首都ダブリンへ。ベルファストのタイタニック博物館のスタートラインには、3人のアイルランド人選手が並んだ。そのうちニコラ・ロシュとダニエル・マーティンはいとこ同士で、ニコラの父であるステファン・ロシュ(1987年ツール総合優勝の)は、マーティンの母の兄にあたる。マーティンはイギリスのバーミンガムで生まれ育ったが、10代の終わりからは、母の出身地であるアイルランドの国籍を選び、競技活動を行っていた。
生粋のアイルランドっ子ではないかもしれないが、アイルランドの国内チャンピオンジャージを身につけて走ったこともあるし、アイルランドチームの一員として、世界選手権も走っている。何よりもここは、彼の母の生まれ故郷だ。ジロ・デ・イタリアのレーサーとして、アイルランドの群集の前に姿を見せ、ベルファストやダブリンの通りを駆け抜ける。それはきっと、現実を超えたような体験になると思う、とレース前の彼は口にしている。
5大モニュメントという、ワンデー・クラシックの中でも特に歴史が古いレースがある。マーティンは前年、この5大モニュメントの中でも特に格式が高いとされる、リエージュ・バストーニュ・リエージュで優勝を飾っていた。ジロが開幕する13日前、ディフェンディング・チャンピオンとして臨んだリエージュの最終コーナーで、マーティンは転倒した。落車の直前に彼は2番手につけていたが、落車がなかったらどうなっていたかは、もちろん知るよしがない。幸い大きなケガはなく、ジロの出場が危ぶまれることはなかったが、彼の落胆は大きかった。落胆が大きいからこそ、ジロに向けての彼の意欲は高まっていた。総合トップ何位とか、区間優勝であるとか、具体的な目標を口にすることはなかった。一日一日を、自分にできるベストの走りで過ごしていきたい。それで最終的にジロでどこにたどりつけるかを見てみたい ―
ダブリンで迎えたジロ初日は、チームタイムトライアル(TT)。マーティンのチーム、ガーミン・シャープは、もともとチームTTには定評があり、ジロのチームTT(2012年)での優勝経験もある。雨も上がり、路面のコンディションも次第にドライに変わっていく中で、ガーミン・シャープの9人がスタート台を飛び出し、ダブリンの市街地を走り抜けていく。途中でたたき出した中間計測タイムも悪くなかった。後半順調にタイムを刻んでいくことができれば、ジロ初日のマリアローザに、手が届く可能性も十分あった。 (この場合、フィニッシュラインを先頭で通過した選手がマリアローザを着用することになる) そして、仮定に仮定を重ねることになるが、もしここでマリアローザを手に入れれば、ダブリンまでピンク色のリーダージャージを守り切ることだってできるかもしれないのだ。 ガーミン・シャープのレース前ミーティングでも、その可能性は口にされたのではないかと思う。また、たとえ口にされなかったとしても、チームの誰もが、その可能性を強く意識していたはずだ。
しかし、走行開始から15分後に、「番狂わせ」は起きた。流線型になり、すべるように進んでいたガーミン・シャープの隊列で、落車が起こったのだ。まずマーティンのタイヤが濡れた路面ですべり、バランスを崩し、地面に叩きつけられた。よけきれず、すぐ後ろにつけていた3人のチームメートも、次々と地面に投げ出される。痛みをこらえてうずくまる仲間たちとともに、マーティンも足を投げ出して地面に座り、肩をおさえた。
ダニエル・マーティンのジロは、ベルファストのアスファルトの上で終わりを迎えた。
リエージュとジロで落車し、ジロの鎖骨骨折でツール出場も逃したマーティンだったが、不運続きの2014年を、そのままでは終わらせなかった。
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